『黒部源流山小屋暮らし』 やまとけいこ 著

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書評

はじめて山小屋に宿泊した時、次々とやってくる登山者をテキパキとさばき、こんな山の上でも沢山の料理を用意してくれるスタッフの方々の日常にとても興味を引かれた。
どうして山小屋で働いているのだろうか。大量の食事をどのように準備しているの?お風呂は?などキリがないほど湧いてくる疑問の数々。
そんな折、手に取ったのがこちら。
大自然の四季の移ろいを背景に薬師沢小屋のリアルな日常を綴った『黒部源流山小屋暮らし』。

出典『黒部源流山小屋暮らし』 山と渓谷社より

「どこか遠いところに行ってみたい」

「自分の価値観をひっくり返すようなちょっとその辺ではないどこか」

子供のころからそんな漠然とした思いをいだいていた著者がたどりついたところは、北アルプスの奥地、黒部川と薬師沢の出会いにポツンと立つ薬師沢小屋。
その薬師沢小屋で働く著者のリアルな日常を綴る。

はじめに書かれているのが黒部源流と薬師沢小屋について。
黒部源流の立地や地形の成り立ちについて、特に雲の平が形成された過程が面白い。
雲の平と言えば北アルプスの最深部に突如現れるだだっ広い溶岩台地。どの登山口からでも当日中に辿り着くことは困難で日本最後の秘境と呼ばれ登山者にとっては憧れの場所だ。
40年前から20年前、火山の噴火により流れ出たマグマがスゴ乗越あたりで黒部川の流れを堰き止めてしまった。堰き止められたことで、巨大なダム湖が出来あがり、そこに長い時間をかけて砂利が堆積して今の雲の平の基盤が出来上がったらしい。
なるほどそういうことであんな山奥の標高2500m地帯にだだっ広い平らな地形が出来たのだと感心してしまった。

他にも山小屋がどのような背景でいつ頃建てられたのかもとても興味深かった。

その中に書いてあるこんなフレーズが心に響いた。
「日々に物語があるところが楽しい。毎日いろいろなことが起こり、いろいろなお客さんが来て、季節が少しずつ変わっていくところ。それを感じることができるところ。旅に出るのではなく、旅がこちらにやってきてくれるような感じ」
まさに山小屋とはそんな場所なんだろうと思った。

次に山小屋のワンシーズン。
春の小屋開けから秋の小屋閉めまでの日常について綴られている。
その日常読み進めていくと山小屋に対して思っていた素朴な疑問の解消にも一役買ってくれる。

・どのように水を用意しているのか。
・電気は?電波は?
・誰に許可を取って山小屋を営業しているの?
・どうやって荷物を運んでいるのか。
・トレイはどうなっているのか。

などなど、なるほどなーと思って読み進めた。

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ちなみに薬師沢小屋は電波が届かないらしい。
したがって、スマホは音楽を聴いて、写真を撮って、目覚ましをかけるだけの道具になりさがる。
電波の通じる山小屋はそういう意味では山の都会と感じるらしい。

「そもそも山小屋という閉鎖空間では、スマホが使えなくてもたいして不便を感じない。生活そのものが不便さの中にあるから、それが当たり前になるだけ」と書いてあり、平地で暮らす人との不便に対する価値観のズレが面白い。

それ以外にもどんな人が山小屋で働いているかを綴った従業員十人十色、宿泊者が増えれば増えるほど薄くなるカレーについて書かれているハイシーズンの厨房事情、イワナ釣りやイワナの遡上など興味深いものばかり。

山小屋で12年間も働く著者ならではの目線を通して感じる山小屋の日常、大自然の四季の移ろい。それを分かりやすく伝えてくれる心和むイラストの数々など自分も山小屋のスタッフになったような気分で読み進めることが出来た。
今まで日帰り登山のみで山小屋泊をしたことがない方もこれを一読すれば親しみがわき山小屋デビューの足掛かりになるのではないだろうか。
自身も今度山小屋に行くときには、また違った目線で山小屋を楽しめそうだ。
そしてぜひ著者の働く薬師沢小屋を訪れ、黒部源流の大自然を満喫してみたいと強く思った。

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